既に後編を書いたのに今頃中篇を書くのは
エピソード6の後にエピソード1を製作したジョージ・ルーカスに対するリスペクトです。
というのは真っ赤な嘘です、スミマセン。
さて、ここからは口調を前・後編に合わせて俺調で行こう。
前編では俺が鬱に至るまでの経緯を書き、
後編では一応鬱が回復してきた俺が今後どうするつもりなのかを書いた。
なのでここでは鬱の症状から約半年間でどうやって立ち直ってきたかを
振り返って整理してみたいと思う。
実際鬱の最中はとてもじゃないがPCなんて触れる状態じゃなかったからね。
時間軸的に前編と後編の間にあたるので中篇としてここに書き留めておく。
まず鬱の症状がいつごろ、どの程度発したか。
前編と被るかもしれないが、少し詳しく書こう。
前編でも書いた通り、ある意味5年前から鬱っ気はあったかもしれない。
でもその頃は新システム移行の仕事もあってメチャクチャ急がしかったから
鬱になっている暇すらなかったと言える。
でも世の中忙しさが高じて鬱になり、そのまま自○、なんて方もいらっしゃるから
その辺の出方は人にもよるのだろう。
顕著になってきたのは去年(2006年)の11月頃からだった。
新システム移行も一段落し、いつもの粛々としたルーチンに戻ってきた頃。
その頃から「いい加減もうやってらんねぇなぁ」とう思いが強くなった。
上司や部下や顧客に振り回されるのにウンザリしてきた。
そしてその頃から残業を殆どしなくなった。
それまでは常時月40~60時間程度残業をしてきたのを、プッツリ止めた。
参考までに言っとくと、プロジェクトを移る前は月80~100時間、最も忙しかった時で
月200時間近く残業・時間外勤務をしていたが、鬱にはならなかった。
今にして思えばSE/PGとしての小さな達成感のみでなんとか乗り切っていたと思う。
そんな状態が5ヶ月程続いて今年の4月頭、ついに堪忍袋の緒が切れた。
発端はシステム上の些細なトラブルが幾つか重なったことだったが、
「いくら俺でももう我慢の限界!!」という状態となり、
その日を境に会社に行かなくなった。
それまで無断欠勤など殆どしたことのない(14年間で1~2回程度)俺が、だ。
暫くはブラブラしてた。当てもなくドライブしたり、
都内の美術館をボーッと巡ったり、図書館に篭ったりして時間を潰してた。
そして転職しようと思い、リクナビに登録し、色んな求人情報を見ていた。
そうして1週間位経った頃、上司から「会って話しをしよう」と持ちかけられた。
1週間も放置というのは長いと思われるだろうが、そこの部は無断欠勤に寛大というか
無頓着というかなのと、俺が従来から不満を上司にぶつけていたので
そこら辺を汲んでくれたんだろうと思う。
で、上司に会って会話し、伝えた。
「もうこれ以上いまの部署では仕事できない」と。
その後2週間位経ったところで突然猛烈な腹痛に襲われた。
最初は原因がはっきりしないので近所の診療所へ行ったが、
多分鬱(その頃は鬱という言葉ではなく心理的なものだろうという思いだった)
のせいだろうと思ったので、まず大病院の総合内科にかかり、
そこで事情を話したところ、心療内科にかかることを薦められた。
そして心療内科の先生(今の主治医)に症状を話したところ、「鬱病」と診断された。
自分でも正直まさかそこまで、とは思っていなかったので、軽いショックだった。
そして転職とか考えないよう言われたので、考えることを止めた。
会社にも正直に話し、暫く休養をとることを許可された。
ちなみにそれまでの無断欠勤分は有給休暇で十分補えた。
その後すぐ、今度は会社の常務と取締役から会って話をしようと持ちかけられた。
常務や取締役とは月イチの顧客との定例会議で同席していたので顔なじみではあったが
まさか向こうから話を持ちかけてくるとは思わなかったので、ちょっとビックリだった。
で、会って話をしてみたところ、案の定「ここに残って欲しい」とか、
「早く幹部社員になって欲しい」とか言われたが、その時はとてもじゃないが
議論できる状態じゃなく、頭痛もしたので「とにかく休養させて欲しい」と
伝えるのが精一杯だった。
そしてそこで「とりあえず9月末まで休ませて欲しい」と医師の診断書を添えて
お願いし、了承を得た。
その後1ヶ月位は何もできない日が続いた。
食欲も減衰し、体重も5kg以上落ちた。
TVもPCの画面も見る気はなく、大好きな音楽も吐き気がして聴けない状態だった。
正確にいうとPCの画面でもエロ動画だけはなぜか観てた。
というかエロ動画ばかり集める日が続いた。ただ漫然とボーッと落とすだけ。
今にして思えば異常な行動だ。
さて、そんな日々でも1つだけ、正確には2つだけ決めてることがあった。
・遅くとも朝8時には起きる
・1日1回は外を散歩する
の2つだ。
ちょうど季節が春から初夏にかけてであり、近所の公園を散歩するには
ちょうどよい気候だったせいもあるが、
生活ペースを崩すのはまずい、とかろうじて理性が勝った部分もあった。
実際、近所の公園とはいえ結構広く、全部歩くには1時間程度要する。
でも気分転換に歩くには丁度良い距離だ。
そして何年ぶりかでコンクリートで舗装された道路でなく、土の上を歩いた。
その時の感触と感動は今も忘れない。
どっかのアニメ映画ではないが、「人は土から離れては生きられない」と感じた。
初夏の空気を吸うことで、体の中が洗われるような気がした。
そうして5月の半ばを過ぎた辺りから、ようやく体調も回復の兆しを見せ、
食欲もそれまでに比べればでてくるようになった。
エロ動画も見なくなった。
その頃から毎朝5時に起き、公園を散歩でなくウォーキングするようになった。
専用の靴とスポーツウェアを着て歩く。軽く汗をかくことが目的だ。
主治医にも何かスポーツをした方がいいかと聞いたが、
初めのうちはあまり激しいのはやらないほうが良いと言われたので、
軽めのウォーキングからやることにした。
朝5時というのは元々その時間に起きていたというのもあるし、
鬱以降睡眠が途切れ途切れなのでその時間には起きてしまう、ということもあった。
社会復帰を考えると寝坊癖はつけたくないので、今でも5時起床は守っている。
それでも相変わらずTVやPC画面(エロ動画も)を見る気は起きず、
音楽も聴けなかった。本も活字を見ると気分が悪くなるので読めなかった。
しかし何もしないと黒い考えが忍び寄ってくるので、
部屋の掃除と模様替えをすることにした。
それまでの俺の部屋は言っちゃなんだがゴミ屋敷寸前で、CD・DVD・本・洋服が
所狭しと積み上げられて文字通り足の踏み場もなかった。
それをこの期にエイヤと全て片付けることにした。
CD・DVD・本は大部分をBookOFFに売り払い、総額20万円程になった。
洋服も着ないものは全て古着として処分した。
壊れたTVは処分し、家電量販店で液晶大型TVを買った。
毎日少しずつこつこつ片付けを続け、
それ以外の時間はひたすら横になって布団かぶって休んでいた。
掃除と模様替えが全部完了するまで2ヶ月程かかったが、
結果として部屋は見違えるように綺麗になり、今でもその状態をキープしている。
7月位になると大分体調も回復し、PCも触れるようになり、音楽もクラシックなら
聴けるようになってきが、相変わらず睡眠障害は続いた。
睡眠薬を飲んでいるのに、だ。
今でも夜中にフト目が覚めるので、睡眠障害は今も続いているといえる。
8月頃になると朝5時は既に暑いので4時頃起きてウォーキングするようになった。
ちょっと歩いただけでもグッショリ汗かくから今年の夏は本当に暑かった。
朝4時と4時半で気温が既に違うというのも発見だった。
そのあたりからやっと今後のことを考える精神的・肉体的余裕がでてきたので
主治医に相談し、了承を得た。
そして会社に相談したところ、制度上1年半の休職ができると言われたので
有難く休職させてもらうことにした。
こうして幸いなことに2009年4月まで、一応の自由時間を手に入れることができた。
ブログを書き始めたのもこの頃からだ。
そして9月からは気分転換としてテニスと水泳を始めた。
これは社会復帰後の気分転換方法を取得する意味もある。
今では大分鬱の症状は改善されたが、まだ時々ふと落ち込んで何もしたくなくなる
時があるし、睡眠も毎晩夜中に目が覚める。
それでもここまでやってこれたのは、主治医の処方は勿論のこと
なにより同居の家族(そう、パラサイトなんです、スミマセン)の理解と会社の理解
があってのことだと強く思う。
そのことに深く感謝しつつ、今後の道を進んでいきたいと思う。
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